
2022年2月22日、午後2時22分。
誰しも2並びの日時として注目していた時刻だろうが、一握りの人々にとっては、それ以上の意味があった。
2004年の2月に発売された「ザ・スニーカー」という雑誌に掲載された、清涼院流水の短編。
そこに記されたあるゲームをクリアするための、18年越しの待ち合わせだった。
約束の現場である「聖地」、明治神宮の大鳥居に清涼院流水氏が現れた瞬間、オレは「ゲーム」の勝敗などどうでもよくなった。
あれは嘘やフィクションではない、本当のゲームだったのだ。
それがわかっただけでも、18年生き抜いた甲斐があった。
ゲームの結末は、「人が想定以上に集まりすぎ、神社の方に怒られたので解散」といういささかお粗末なものだったが
(「事前に許可を取るべきだった」と言う人もいるようだが、そもそも事前に相談したところで許可は下りなかっただろう)、
こんな馬鹿馬鹿しい(むろん、いい意味だ)ゲームにこれだけの人が集まり、また作者自身も現れたというそれだけで、最高の瞬間だった。
結局、賞品の授与やサイン等の特典は後日に持ち越しになるとのことだが、
最後に清涼院氏に直接「18年間ずっと待っていました」と伝えることができただけでも、オレは正直、もう満足だ。
もちろん、せっかく行ったのだから、もらえるものはもらいたいと思うが。

このゲームには、中学校の同級生2人とオレの3人で参加した。
ゲームの存在自体を伝えてはいけないというルールがあったので、
「ザ・スニーカー」の該当ページを見せ、「とにかくこれを読んでくれ」とだけ伝えたのを覚えている。
それから18年、3人とも、「ザ・スニーカー」と「キャラねっと」の初版本を誰一人失うことなく、無事に生き抜いたのだ。
18年間、秘密と約束を守って生き抜いたことは、それだけで大きな財産になるはずだ。
「キャラねっと」と清涼院氏が与えてくれたその大きな財産こそが、何よりのプレゼントであったとオレは思う。
【今日のまとめ】
間違いなく人生の思い出の一つ。というわけで。
- 2022/02/22(火) 23:44:09|
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