始めてからもう7、8年が経つと思うのだが、
オレは毎日、手書きの日記をノートにつけている。
書けなかった日に後から補完することはあるが、一日も絶やさず毎日分の日記を書き、分量は既に十数冊を超えている。
▲いまはこれに書いている。日記の内容は、基本的に箇条書きだ。
本来ならば文章の形で記すほうが当然いいのだろうが、
どんな日でも毎日書くことにしている日記にそれを要求すると、途端にハードルが高くなってしまう。
そのため、あくまで箇条書きで、その日の主な出来事や思ったことをまとめるようにしている。
箇条書きにすることにより、結果的に要約のスキルも身についた感がある。
日記には、その日の天気、体重と体脂肪率、朝昼晩の食事、その日の服装もメモしている。
天気はいまのところ何かに役立ったということはないが、そのうち意味があるかもしれないと思い、書き続けている。
もっとも、メールマガジンなどで旅行記などを書く際、天気がどうだったかは重要だし、その意味では既に役立っているといえるかもしれない。
服装に関しては、オレは放っておくと同じ服ばかり着てしまうため、それを避けるのに役立つ。
何を着たかを毎日メモしておけば、外出の際、「そういえば先週の火曜日もこのパンツだったな」などと気づき、別の服に替えることができるのだ。
大学やロースクールに通っていた頃は、特定の曜日にしか合わない知人も少なくなかったから、これは特に大事なことだった。
朝昼晩の食事は、何よりも大事な事項だ。
レコーディングダイエットというと大げさで、実際、そのようなことをしているつもりもないのだが、
体重・体脂肪率のメモとあいまって、「何を食べて、どのくらい体重が増えたか(減ったか)」ということが大まかに可視化される。
これは、ダイエットというよりは、オレのスタンスである「極力太らない」ことを実現する上で非常に役立つ。
また、これは記憶力のトレーニングにもなる。
その日に何を食べたかを思い出すのは、意外と難しいことがある。
つい惰性で生きていると、朝に何を食べたか忘れることもあるのだ。
そして、その日に何を食べたか完全に思い出せないとなると、認知症を疑うべき事態になってくる。
そういうとき、「思い出す訓練」というのは重要なのだが、
日記に食事の内容を書くという義務をあらかじめ自分に課しておくことで、強制的にその訓練を毎日行うことができる。
このことが老後に役立ってくれればいいと思うのだが、先のことはさすがにわからない。
数年間にわたって毎日日記を書いていると、「きょうは特に何も書くような出来事がない」と感じる日もある。
だが、それはそれでいい。
何もなかったということが可視化されることで、明日は何かやろうと思えるのだ。
そうした動機付けとしても、日記はあらゆる人に薦めたい。
【今日のまとめ】
メルマガの一部コーナーを書くうえでも役立っている。というわけで。
- 2018/08/21(火) 21:18:34|
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