SNSを見ていて常日頃から感じることだが、インターネット上にはリアルでのマイノリティが多い。
実際に数が多いかどうかは分からず、マイノリティである以上やはり少ないのかもしれないが、多く見えるのは事実だ。
たとえばTwitterでは、体育が嫌いで、仕事が嫌いで、病気に理解のある人が多い。
別にそれは問題のあることでも何でもない。
だが、オレが気になるのは、
そうした人たちが自分がそれらを嫌いであることを表明する時の口ぶりから、
明らかにそれを好きである人たちを馬鹿にしたような態度が透けて見える点だ。
いかにも、体育なんかが好きなやつは頭が悪い、とでも言いたげだ。
それは無駄な消耗だ。
何かが好きであることや嫌いであることを表明する時に、それが嫌いである人や好きである人を攻撃するということには意味がない。
自分と正反対の人間を意識したところで、自分の主張とはどこまでも相容れないのだから、
意識するだけ無駄で、それは精神のリソースの無駄遣いだ。
そもそも、好きであることならともかく、何かが嫌いであることを表明すること自体が無駄な消耗なのだが、今回はそれは置いておく。
繰り返すが、体育が嫌いで、仕事が嫌いで、病気に理解のあることは何の問題もない。
だが、それを主張し、また体育が好きで、仕事が好きで、病気に理解のない人を攻撃したところで、
そうした人々は仲間にはならない。
そもそも、そうした人々はその主張を見てさえいないだろう。
喧嘩腰や攻撃的な言葉で精神的リソースを消費するだけ消費し、相手には何も伝わらない。
それは無駄な消耗に他ならない。
【今日のまとめ】
マイノリティもこのエントリを読まないのだろうが。というわけで。
- 2018/02/26(月) 22:22:58|
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