かねてから思っていることだが、京都の女はみんな美人だ。
これは偏見ではないし、実際に京都へ行ってみれば分かる。
それは理に適っている。
美しくないものが排除される土地柄のおかげで、ブスが排除されていった結果、
美人だけが生き残るようになったのだろう。
オレはそこに古都の矜持を感じるので、京都の女は好きだ
(もっとも、京都の女は性格が悪いので、オレは付き合いたいとは思わない)。
もっとも、京都の女のように、性格の悪い美人は山ほどいるが、
その逆に、性格のいいブスは、オレはほとんど見たことがない。
オレがこれまでに会ってきたブスは、ことごとく性格が悪い。
だが、それにもおそらく理由はある。
そもそも、性格のいい女は、多少顔の造りが悪かったとしても、ブスとして認識されないのだ。
性格がよく、常にニコニコしている女は、それだけでかわいらしく見える。
かわいらしく見える女は、ブスだという感情を抱かせる隙をオレたちに与えない。
そういう女はどこでも生き残れるし、性格の悪い美人よりも強い。
なぜなら、かわいさは衰えるが、かわいらしさは老婆になっても消えないからだ。
かわいらしい老婆は、たとえ老人ホームに入っても愛される存在として生き残れる。
生き残れるということは、この世の中において最上位にいるということだ。
オレたち男も、そういうかわいらしさについては見習わなければいけない。
もっとも、いくらかわいらしくしたところで、結局女にはかなわないのだが。
【今日のまとめ】
オレは性格のいい美人でないと嫌だが。というわけで。
- 2017/01/20(金) 20:00:00|
- 日記
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0