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怠惰と汗と現実と

キムラヤスヒロ(鳩)公式ブログ

昔を再現したドラマの小道具問題




先日、この飯間浩明先生のツイートを目にし、
そうだ、オレが言いたかったのはこれだ、と思った。
もっとも、それはツイート内容にある「手書きによる看板のほうがいい」ということではない。
それと近い話ではあるが、「手書きでないことによる違和感」だ。

それは、昭和や平成初期などを再現したドラマや映画の小道具などに顕著である。
たとえば、昭和を舞台にしたドラマでは、小道具として商店や駅の看板、街中のポスターが頻繁に用いられる。
それらは当時の時代背景を描写する上で欠かせないものなので、
手の込んだ作りになっていて、いかにもその当時らしい、古臭い文字や表記が使われている。
だが、それらは、何となく違和感がある。
昔の写真などで目にする「本物」の看板やポスターの文字と比べて、それらの小道具はどう見ても新しいのである。

同じことは、レトロ感のある街づくりをしている自治体の案内板などからも感じられる。
門司港や函館、あるいは横浜などにあるそうしたオブジェクトは、昔っぽく作っているのだが、どう見ても新しい。
「古さがかえって新鮮に見える」という話ではなく、単純にただ新しい。

オレはその「新しさ」に違和感を感じながらも、その違和感を具体的に説明できなかった。
だが、このツイートを見て、それは概ね「手書きかフォントか」の問題だと気付いたのだ。
コンピュータによるフォントを利用する技術がないか、あるいは一般的でないために、
アナログで看板やポスターの作字を行っていた昔と違い、
今は既存の「昔っぽいフォント」を使って書いているという話なのである。
違う作り方をしているのに同じように見せようとしているから、違和感は出て当然なのだ。

時間や予算、技術を考えればその違和感を消し去ることは困難だというのは分かる。
だが、そこさえクリアできれば、ドラマや映画の完成度は一気に上がるだろうから、やはり残念な気持ちが拭えない。

【今日のまとめ】
その違和感に気付いていてやっていないのか、それとも気付いていないのかは気になる。


というわけで。
  1. 2016/05/18(水) 22:37:48|
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