ある芸能人が、プライベートでの一件をきっかけに連日テレビやインターネットで批判されている。
オレは他人に興味がないので、彼女の行動について何も思うところはない。
かといって、それを批判したくなる人間の気持ちがわからないというわけでもない。
芸能人、特にテレビタレントというのは自身の好感度を売るのが仕事で、イメージが武器だ。
イメージが良いタレントがCMに出演している商品は売れるので、
企業はそのタレントを自社商品のキャラクターに起用し、TV番組のスポンサーとなる。
もちろん、タレントに報酬を支払っているのは直接には企業だが、
商品を買うのはCMを見る消費者なので、間接的には、企業の顔であるタレントと消費者も、主客の関係にある。
タレントのイメージが悪くなれば、消費者はその製品を買おうと思わなくなり、企業は損害を被る。
直接CMにそのタレントが出演していなくても、本体の番組にそのタレントが出ていれば、
番組が見られなくなり、その結果CMも見られなくなるから、スポンサーは付きにくくなる。
タレントはスポンサーと消費者の双方にイメージを売る商売人なのだ。
これが、「作品」を売る作家や音楽家、画家などとタレントの違いだ。
もっとも、「イメージ」は、必ずしも人間性とイコールではない。
そのタレントがいかに非道徳的な行動をしていたとしても、
それが明るみに出なければ、そのタレントのイメージは悪くならない。
その場合、「人間性は悪いがイメージは良い」ということになるので、その時点で両者はイコールではないことになる。
だが、人間性の悪さを示す行動が世間に明るみになってしまえば、そのことでイメージは悪くなる。
イコールではなくても、相関関係は存在していて、かつそれは大きい。
今回の一件で、それが顕著に示された。
結局、「人間性が良い必要はないが、それがイメージに影響を与えないように行動すべきだ」ということになる。
それはプロとして当然のことで、それを怠った人間が叩かれるのはやむを得ない。
当然、中には「自分はタレントの人間性など気にしない」という人間もいるだろうが、
不特定多数に良いイメージを与えるべく企業のキャラクターになるような人間が、
そうした少数者にフォーカスする実益はない。
もっとも、プロではないオレたちにとっても、イメージは大事だ。
イメージが悪いと、仕事を頼まれることもなくなるし、人付き合いも減る。
イメージの悪い人間と一緒に歩きたいと思う人間はそうはいない。
だが、自身の人間性とイメージが乖離している場合、
常に人間性が明るみに出ないように行動することは、大きな消耗を伴い、淘汰を早める。
無駄な消耗を避けつつイメージを維持するには、結局、人間性を良いイメージにできるだけ寄せていくしかない。
それはつまるところ、昔から言われている「徳」であったり、「人格主義」であったりするわけだから、
やはり、たどり着く先はひとつなのかもしれない。
【今日のまとめ】
オレはLINEをやっていない。というわけで。
- 2016/01/21(木) 22:03:05|
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