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怠惰と汗と現実と

キムラヤスヒロ(鳩)公式ブログ

オレは人が死んでも泣かない

オレは人が死んでも泣かない。
好きだった有名人の訃報を聞いても泣かないし、
これまでに家族や友人が死んだこともあるが、その時にも泣かなかった。
もちろん、それは経験が少ないだけで、今後親が死ぬことがあれば泣くかもしれないが
少なくとも、現状では人の死に際してオレは泣いたことがない。

オレはそれを自分でも不思議に思っていた。
オレが人が死んでも泣かないというのは、別に人の死がどうでもいいとか、
外国の宗教のように、「死は喜ばしいことだから」という諦観があってのものではない。
あくまで悲しいのに、涙が出てこないのだ。
泣くという感情がないわけでもない。
人の死以外のシチュエーションではオレはむしろ人よりもよく泣く方で、
ドラマやアニメの最終回では、たとえそれがギャグ物であっても泣いてしまうことが多いし
音楽を聴いて泣いたりもする。
もちろん、怪我をしてそれが痛ければ涙は自然に出る。

ではなぜ泣かないのかと考えてみたところ、おそらくこれが答えなのだろうというものにたどり着いた。
悲しいから泣く必要がないのだ。

よく「悲しいから泣くのではない。泣くから悲しくなるのだ」という台詞を聞く。
これは正しいとオレは思う。
少なくとも、これが正しいなら、オレが人の死に際して泣かないことの説明がつく。

人は泣くことで悲しくなる。
それは、「泣くことなく始めから悲しい」という状態が存在することと矛盾しない。

オレは人の死を悲しいと思っている。
始めから悲しいから、泣くことでそれ以上悲しくなる必要がない。
心が、悲しみを必要以上に増幅させないように気配りしてくれているのかもしれない。

他方で、ドラマや映画や音楽は作品だ。
その中で人が死んだり別れたりしても、それはあくまで創作上のものだ。
だから、それ自体は本来悲しい出来事ではない。
死や別離という演技や描写があるだけだ。
だから、それを見て「悲しくなる」というプロセスが必要で、そのためにオレはきっと泣くのだ。
泣くことで悲しくなり、それを「作品から得た感動」として他社と共有するのだろう。

泣くことは悪いことではない。
それは当たり前だが、その逆に、泣かないことも悪いことではない。
人は必要に迫られて泣くようにできている、ただそれだけだ。

【今日のまとめ】
2011年のドバイワールドカップは泣いた。


というわけで。
  1. 2015/10/15(木) 19:57:30|
  2. 日記
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  4. | コメント:0
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