スマートフォンなどの液晶に貼る「保護フィルム」というシールがあるが、
それを画面に貼ったきり、機種変更などで使い終えるまで一度も交換しない人がいる。
結局、その人はいったい何を保護していたのだろうか。
当然、保護フィルムは綺麗な画面を保護するために貼るものだと思われるが、
買ったその日に保護フィルムを貼り、使い終えるまで剥がさなかったのであれば、
保護フィルムによって保護されるところの「綺麗な画面」は、一度も目にされることがなかったことになる。
保護フィルムが傷つくたびにこまめに交換している人も当然いて、それならば理解できる
(素の液晶は簡単に交換できないが、保護フィルムなら交換が容易だ)のだが、
交換せずにそのスマートフォンの一生を終えるのなら、保護フィルムを貼る意味は特になかったのではないだろうか。
この「保護フィルムのジレンマ」は、近年のウナギ問題にも同様のものを感じる。
オレたちはウナギを今後も食べていくためにウナギを保護しているはずなのだが、
それがいつの間にか「ウナギを食べるのを控えよう」というニュアンスに変化し、
ウナギを食べること自体を悪のように扱う人が増えているように見受けられる。
「ウナギを食べるために、ウナギをもう一生食べない」と書けばそれが奇妙であるとすぐに分かるのだが、
どうやらそこに気付いている人はあまりいないようだ。
先にも書いたように、保護フィルムは定期的に貼り替えるのであれば当然メリットも大きいのだが、
一度貼ったままで終わりなのであれば、やはり意味はない。
「とりあえず保護せねば」という反射的な行動は、ときに不可解な結果を産んでしまう。
【今日のまとめ】
どうせ貼るならアンチグレアという気持ちはある。というわけで。
- 2016/07/31(日) 20:00:00|
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