怠惰と汗と現実と

キムラヤスヒロ(鳩)公式ブログ

ツール/作品としての日本語

Twitterやブログ、はてなブックマークなどで
多くの人が自分の意見を言葉で伝える機会が増えたのは
良いことだと思うのだが、

「どうも書き方や言い回しが抽象的で、何を言っているのかよく分からないな…」

という機会もそれに伴って増えてきた気がする。

知り合いのブログやTwitterにもそういう面は結構あって、もったいないなと思ってしまう
(もちろん自分の書く文章がまったくそうでないかといえば別の話で、
自戒の意味も多分に込めている)。

事実、「うまく伝えられなくてもどかしい」といった内容の
ツイートもよく目にする。

読み手に解釈の幅を与えるために、あえて抽象的に書く場合も
当然ながらあるのだろう。
しかし、
自分では思っていることをすべて伝えたつもりなのに、それが伝わっていないのだとしたら
日本語の使い方や表現のしかたを
もう一度考えなおす必要があるのではないだろうか。

言葉は文章における唯一のツールなのだから。

文法上の穴、たとえば主語の抜け落ちなどなら
日本語ネイティブであれば自然に補完できることがほとんどだと思う。

しかし書き手の頭にある前提というのは、
「これは言わなくても理解してもらえるだろう」というスタンスで挑むと、
意外なほど伝わらない。

文法のようなルールと違って個々人の考え方は共通でないのだから、
よく考えれば当然なのだが。

つまり、基本的には、
伝えたいことはきちんとすべて言葉にして伝えないとだめなのだ。
特に文章においては。

Twitterにおいて、
「140字しかないから、ここは言わずとも分かってもらえるだろう」
と考えて、文章を削ってしまうような場面に直面したとする。
しかしそれはきっと、始めからTwitterに書くことで完結できる内容ではないのだ。

換言すると、
「140字という枠に合わせて、言いたいことを言外に放り出す」
のではなく、
「140字で妥協なく伝えきれることのみを発言する」
という意識でツイートしよう、ということである。

削らなければ140字で伝えきれないのならば、Facebookでもブログでも何でも、
そうした字数制限のない媒体で伝えればいいだけの話なのだ。

個人的な考えではあるが、自分はブログやツイートもすべて、
これまで発表してきた曲や詞、小説などと等価な作品だと考えている。

だから、そのひとつひとつは少なくとも自分の納得のいくものでなければならないし、
そうでなければ公開してはいけない。

「正しい日本語」というものに対しては、さほど興味はない。
言葉は時代によって変化するし、現行の文法だって国が定めたルールでしかないからだ。
しかし、それが作品である以上、「美しい日本語」を使うことは、
目標であり、また前提。

会話における言葉遣いも含め、そうした「美しさ」を追求することが、
最終的には「良く生きる」ことにつながると信じて、日々研鑽を続けている。

  1. 2011/08/01(月) 16:51:53|
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